プロフィール

三木ヒロシのプロフィール

パニック障害の専門家/全般性不安障害の研究家/セミナー・ワークショップ講師/カウンセラー起業コンサルタント/オフィス・スウィーニー代表/オールライフケア合同会社代表社員/一般財団法人 立志財団副理事長

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心理カウンセラー三木ヒロシというのがどのような人間なのか?様々な質問から三木ヒロシを紐解いていくページはコチラから。

心理カウンセラー三木ヒロシへの100の質問

 

心理カウンセラーを一生涯の仕事にしたきっかけ

私がなぜ?心理カウンセラーというものを一生涯の仕事にしようと思ったのか?それは、

純粋に人間の心理、考え方、性格などに興味があったからなんですね。

人間っていろんな人がいるんだなぁ、自分はこう考えるけど違う考え方もあるんだなぁ、私だったらこの場面では笑うのに、なんで怒り出すのか?など、自分と他人の違い、同じ人間でありならがなぜこうも違うのか?ということに興味がありました。

また、私がサラリーマンとして生きていた数年間、そこで自分の人生を考えざるを得ない瞬間もありました。そのできごとも私が心理カウンセラーとして生きていく土台を作ったと感じています。

私は高校を卒業後、就職するでもなく進学するでもなく、自由でいたいという考えから「フリーター」になることを決意しました。

いまでこそ働き方ひとつとっても様々な考えかたや見かたがありますが、私が高校生くらいの頃はそういった考えかたはとても特殊であり、社会的にあまり受容されるものではありませんでした。

「フリーター」という、当時であれば一種独特の生き方をしながらいろんな人たちに触れ、社会というものを学びました。

22歳の頃、所属していた人材派遣会社の部長にオファーを受け、そこで初めて正社員の道へと入りました。

当時はまだまだ正社員としての働きかた、障害雇用というものが幅を利かせていましたので、自分もそこを辿っていくのか、と思ったものですね。

 

どんどん昇格し、リーダーや責任者へと

正社員になったものの、アルバイトと正社員、責任感の違いに最初は驚いたものでした。

アルバイトはどちらかというと作業をする側、いっぽう正社員は管理する側。作業と管理では大違いですので、戸惑った記憶があります。

もちろん作業をこなすこともあるのですが、それはどちらかというと予備的なことです。やるべきことはアルバイトさんやパートさんの出勤管理やマネジメント、クライアント会社(元受け)とのやり取り、自分の会社への報告や書類提出など、これまでの世界とはまったく違うものでした。

そういった正社員としての生きたか、働きかたもしばらくすると慣れてきて、一年もすれば正社員としての物事の見かたや考えかた、観点、接し方など身についていました。

その後はいろいろとありましたが、比較的順調に昇進?昇格?していき、数年後には大手通信会社が管理する倉庫の総責任者も任されるまでになりました。

その倉庫ではインターネットに接続するためのモデムを管理しており、当時はこれからインターネット全盛になっていく初期の段階でしたので、働いている方々だけでも300人以上いる、本当に大きなところでした。

管理する母数が増えるとそれだけ大変さは比例しますので、ほぼ毎日胃が痛かったのを覚えています(笑)

 

倉庫作業からスーツを着た事務所勤務へ

毎日いろんなできごとが起こり、本当に忙しい日々を送っていました。

どこの地域にどの種類のモデムをいくつ出荷するか?出荷する本数は毎日違いますので、それを考慮しながら元受けの責任者とやり取りし、作業人員を配置、指示をして管理して考えて・・・・と目まぐるしく日々は過ぎていきました。

そんな中、直属の上司である部長から事務所勤務への異動を持ち掛けられました。そこには所長代理(副所長)として来てくれ、というものでした。

異動については断れるわけもなく(笑)当時、副責任者を任せていた人に引継ぎをし、事務所へ異動となりました。これまで作業着を着ていたのが、いきなりスーツ着て出勤ですので、戸惑いが半端なかったです。

倉庫作業はフリーター時代から数え、トータルで8年くらいやっていたでしょうか。私が社会人としていろんな経験を得られたのは倉庫でしたので、そこを離れるのは感慨深いものがありましたね。

心機一転、事務所勤務となった私はそこでもいろんなことを覚え、学び、考え、動く毎日でした。でも、そこで思ったのがスーツって慣れないな、ということ(笑)

スーツ着て勤務するってかっこいいイメージがありましたけど、見るのとやるとじゃ大違い。スーツってメンドクサイなぁ・・・と感じていました。

事務所作業にも慣れ、いろいろな業務をこなす毎日。事務所は少数精鋭的な感じ?だったので、人員は多くありませんでした。多くても5名くらいでしょうか。その人数で様々なことをこなしていきます。

人員が少ないこともありましたが、それを考慮してもさばく仕事の数が多い。次々さばかなければならない仕事、起こるトラブル、アルバイトさんとのやり取りなど、疲れは溜まるいっぽうでした。

 

心理カウンセラーとして生きる転機となったできごと

いまの時代では考えられないことですが、当時は朝の6時には事務所を開けて仕事をこなし、帰りは深夜23時、24時も当たり前でした。

事務所に泊まることも多く、週に1~2日は泊まっていたのではないでしょうか。いまであれば労働基準局の指導が入ること間違いなしですね(笑)。

しかし、そんな生活で身体が持つわけもなく、事務所に異動してから2年後、とうとう過労が原因で社内で倒れてしまいました。

そのとき人生初の救急車に乗りましたが、運ばれている車内で、

「自分の人生、これでいいのだろうか・・・・?」

と生まれて初めて考えた瞬間でした。

休みもなくただ働き続け、なんのために生きているのか?わからない毎日。楽しみもなく、こんな人生で本当にいいのだろうか?と自問しました。

その時にふと、

「いや、この生きかたではなく、違う人生があるのでは・・・」

と漠然と思ったことを覚えています。

多分ですが、この瞬間から、心理カウンセラーとしての人生が始まったのではないかな?と思っています。

 

会社を退職し、新たな決意へと

事務所で倒れてからの数日、私は家で療養していました。

療養しているなかでも、これからの人生のことを考える時間は増えました。これまでは漠然とサラリーマンとして生きていくと思っていたので、ここで改めて考えることができたのは貴重でした。

当時、我が家では日経新聞をとっており、何気なく開いたページに”心理カウンセラー特集”が掲載されていました。

そこには心理カウンセラーが心の病から復活したクライアントさんとの対談が載っていたのですが、なんといいますか、その記事を読んで漠然と「これだ」と感じたんですね。

倒れる前、事務所で仕事をしていたとき、派遣している派遣社員さんと面談することもあり、いろんな悩みを聞く機会がありました。

ある時、一人の派遣社員さんが派遣先の企業でパワハラ的なことを受けているという報告があり、その対処をしたことがありました。

結果、その企業はパワハラをしていた人に指導をし、その派遣社員さんは事なきを得ることができました。

後日、その派遣社員さんにお礼を言われたことがあり、そのときは「ああ、こういう話を聞いてあげて問題が解決する仕事であればいいなぁ」くらいに思っていました。

ですが、よくよく考えてみると、その時から心理カウンセラーとして生きていくというマインドセットができていたのでは、と思いますね。

自宅療養から復職し、数日後に当時の所長に退職の意向を伝えました。驚かれましたが私の決心は固く、その意向は本社の社長の耳にも入り、話し合いをすることになりました。

お世話になった部長含め社長ともども話し合い、結果的には退職の意を汲んでくれることになりました。いま思えば出世街道には乗っていましたので、会社としても手放したくなかったのでは、と思います。

しかし、なんだかんだと退職が決まり会社を去るのに一年くらいかかりました。私のポジションの後釜が決まっていなかったこと、変わらない業務の多さで時間がかかってしまいました。

 

心理カウンセラーとして独立開業。そして現在へ

いま私は、プロの心理カウンセラーとして開業してから12年目となりました。

そして、2020年11月には協働経営者と共に合同会社も立ち上げ、いろいろと忙しい毎日を過ごしています。

ですが、この忙しさはサラリーマン時代には無かった「充実感」を伴うもので、彩りがまったく違うといえるでしょう。

会社を退職後、私はその足で心理カウンセラーを養成する専門学校へ入学しました。

そこでは座学と実践を学び、様々な経験をしました。まったくの初心者ですから、見ること聞くこと経験することが真新しく、これからの自分の生きかたにワクワクしたのを覚えています。

約2年ほど、心理カウンセラーとしての学びを終え資格を取得しました。その資格は専門学校で付与されたものですので社会的な効果はほとんどないのですが、とてもうれしかったですね。

当初はその資格をもとに心理カウンセラーとして就職しようと考えていました。

ですが、探しても探しても就職先が無く。びっくりするくらいありません。あったとして臨床心理士の資格が必要となっており、それは高根の花でした。

さて、どうしたものか・・・・。いろいろと考えていたある日、たまたま入った本屋で「アントレ」という雑誌を見つけました。

その雑誌は主に飲食系の開業マガジンなのですが、そこで初めて開業するという方法があることに気が付きました。

しかし、これまでフリーターやサラリーマンでやってきたので、自分が開業するなんて微塵も思っていなかったんですね。もう青天の霹靂とはこのことでしょう。

「うーん、これしかないかー!」と腹をくくり、開業の一歩を踏み出したのは良い思い出です。

いまではパニック障害専門心理カウンセラーとしてこれまで約5,000人以上の方々のカウンセリングをおこない、本当に多くの方の改善へのお手伝いをしてきました。

また、心理的なセミナーや講座、ワークショップをおこなったり、心理カウンセラーやセラピストといった対人支援で開業したい方向けにコンサルティングをおこなったり、健康経営を取り入れたい企業にて相談やコンサルをしたり、ラジオをなどメディア出演したりと、活躍の幅を広げています。

これはサラリーマンであったら経験できなかったことであり、貴重な体験といえるでしょう。

私が胸に秘めた志は「愛する幸せを提供すること」。

これからもカウンセリングやコンサルティング、セミナー、講座などを通じ、多くの人に楽しく生きやすい人生を提供できればと思っています。